6日目 世界遺産ヴィリニュス街歩き(その1) 


聖ペテロ&パウロ教会

ヨーロッパの地理的に中心地に位置するリトアニア。
首都ヴィリニュスはバルト三国の首都では唯一内陸に開かれた街です。
そのためドイツ商人の影響を受けずに建設され、尖塔のある教会は少なく、柔らかなシルエットのカトリック教会など様々な様式の建築物が融合し、美しい景観を生み出しています。

ヴィリニュスが記録に始めて登場するのは1323年ゲディミナス大公がヴィリニュスを首都に決め、周辺各地から商人に職人が集まり、東西貿易の中継地として町は発展します。
14世紀の終わりにはポーランドとの連合が強化され、ヴィリニュスは事実上ポーランドの一地方都市となりました。
第一次大戦が始まると各国の争奪戦となり、ポーランドに占領されます。
その後はロシア領になり、近隣諸国との複雑な歴史をたどり、19世紀から20世紀にかけての受難の時代を乗り越え、今は芸術と文化の街として穏やかな空気に満ちています。

ヴィリニュスの旧市街は東ヨーロッパでは最も広い旧市街のひとつです。
行政上の範囲より狭くなりますが、地図上下の方の夜明けの門、上の大聖堂に南北を挟まれ、ボクシュト通りヴィリニャ川とピーリモ通りに東西を挟まれた地域です。

右の地図上で、私たちのホテルの前の公園が、「行政府広場」と言うことがわかりました。
大聖堂までの道がゲディミナス通りです。
行政府広場 (地図上青色)

今朝はロビー9時集合で時間があるのでまた散策に出ました、ゲディミナス大公の名を取ったゲディミナス通を3度往復です。
公園は今日もお祭りがあるようで、テントも展示物もそのままです。
下の写真は展示物で、過去の消防自動車と、馬車で馬に繋ぐ乗り物です。

昔の消防自動車

昔の馬車の車体
国立ドラマ劇場 (地図上茶色)


国立ドラマ劇場

行政府広場にあった像
・朝の写真で、ここは入り口で奥に広い劇場です。 ・この像は、見た目にソ連時代の雰囲気がしますが?
聖ペテロ&パウロ教会 (地図上右上緑色)


聖ペテロ&パウロ教会

漆喰の彫刻
この日は日曜日の朝なのでミサの時間と重なり、町から沢山の人が訪れています。
でも、観光客も話を通してあるのか入ることが出来ました。写真撮影も自由でした。
バロックの町ヴィリニュスを代表する、記念碑的建築で、バロックの「凍れる音楽」と呼ばれる室内を覆いつくす彫刻群に圧倒されます。
建物そのものは1668年から7年掛けて造られましたが、内装はその後30年余りの時間が掛けられています。
教会の中に入ったとたんに、息を呑むほどの白い彫刻群に目を見張ります、「凍れる音楽」の意味がわかります、まさに音のない音楽です。
2000以上ある漆喰彫刻はすべて違い、聖人から天使想像上の獣、植物、無生物の多岐にわたり、その技術も想像力も凄いです。
イタリアから招かれた彫刻家と地元の数百人の職人がアシスタントに加わったそうです。
余りの白さと町の人の穏やかさに驚きました、会場の両側が回廊のようになっていてそこからぐるりと前を回り、撮影するのですが、皆さん嫌な顔一つせず受け入れてくださるのですが、こちらが遠慮してしまいます。
でも2度と来ることはないだろうと思い、写真は沢山撮りました。(笑)

ゲディミナス城
 (地図上紫色)

ゲディミナスの丘へ

城壁の塔
人々の間で語り継がれてきたビリニュス遷都伝説でゲディミナ大公が狩の途中野営を張った丘の上で、夜、彼が大きく吼える鉄の鎧を着けた狼の夢をみた、それを聞いた司祭は神の信託と判断し、大公は喜んでこの丘に城を築くことを決めます。
13世紀に上の城が、16世紀に下の城が築かれました。大聖堂や現在博物館になっている火薬庫もこの頃出来ます。
城の大部分は19世紀のはじめにロシアによって破壊されました。
丘の上でリトアニアの国旗を掲げているゲディミナス塔はかつての城壁の塔です。
左上の写真は丘に上がるリフトがあり、となりの工芸博物館にチケットが売っています。右が城壁の塔です。

ネリス川

旧市街
塔の屋上からの眺めです。
左上の写真はネリス川で、川の手前が旧市街で川向こうが新市街です。
右の写真は旧市街(世界遺産)で、確かにこれまでのタリン、リーガの街並みと違い尖塔が見当たりません、その分柔らかい町並みの雰囲気がします。
左端の黒い屋根が下の城で、その前の黒い屋根(3つの白い像が乗っている)と塔が大聖堂です。

塔の展示場

丘からの道
左上の写真は、屋上の下の屋内が展示場になっているところです。右上はリフトに乗らない時の道です。
下の2枚の写真は上の展示場に貼ってある写真で、ソ連から独立のきっかけとなった「人間の鎖」の時の写真です。

1989年の人間の鎖

600kmの人間の鎖
「人間の鎖」(Human Chain)は別名「バルトの道」(The Baltic Way)といわれ、1989年8月23日当時ソビエト連邦下にあったバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の独立運動の一環として行われたデモ活動です。

1939年8月23日、モスクワで独ソ不可侵条約秘密議定書が締結されました。
東欧諸国はソビエト連邦に併合され、その後第二次世界大戦が始まり、9月28日にはソ連・ドイツの二国間で協議が持たれ、その内容に基づいて、ソ連は1940年にバルト三国を占領・併合することとなりました。
西側諸国は秘密裏に議定書が締結されていた事実を掴んでいましたが、ソ連は50年間にわたって否定し続けました。
その50年後、独ソ不可侵条約秘密議定書について公にしようとする動きが見られ始め、バルト三国でも、失われた国の主権を主張する動きが出始めたということです。
バルト三国の首都、タリン、リーガ、ヴィリニュス、ちょうど私たちが南下して来た約600kmにもおよぶ距離が三国の国民の手、200万人の手で繋がれたのです。
この「バルトの道」運動がきっかけとなり、その後の2年間で、ソ連の実力行使により、ヴィリニュス(血の日曜日)とリーガで死傷者を出しましたが、独立に向けた運動は誰にも止められないものとなり、1991年バルト三国は正式にソ連邦からの分離独立を果たしました。
2004年にはNATO加盟についでEUにも加盟を果たし、ヨーロッパの一員です。

ちなみにこの人間の鎖の1989年8月の2ヵ月後11月に起きたベルリンの壁崩壊は、鉄のカーテンの終結を現実のものとし、そして、中央・東ヨーロッパ諸国に対するソ連の影響力は後退しました。
聖アンナ教会とベルナンディン教会 (地図上黄色)


聖アンナ教会とベルナンディン教会

聖アンナ教会
これはとても残念でしたが、足場を組んで修理中が聖アンナ教会で後ろにあるのがベルナンディン教会です。
右上がその聖アンナ教会の正面です。
16世紀後半に建てられたゴシック様式の教会で、33種もの異なった形のレンガが使われているそうです。
当時のヨーロッパにはない、16世紀当時の技術の枠を集めたもので、1812年ロシアに攻め上がるナポレオンがヴィリニュスに入城した際、この教会を見て、「我が手に収めてフランスに持ち帰りたい」と語ったのは有名な話です。
それが目の前に来て見れないのは、本当に残念でした。
右はイメージ図です。

聖ミカエル教会
 (地図上黄緑色)

ビリエス通り

聖ミカエル教会

ビリエス通り

聖ヨハネ教会の塔
↓(薄紫色)

ロシア正教教会

聖ヨハネ教会の一番高い塔で63m

ロシア正教教会

旧市庁舎と広場 (地図上水色)


旧市庁舎

市庁舎広場前の通り
左上の写真の正面に見えるのが旧市庁舎で、多くの道路が交錯して、大きな広場があります。
この広場では常にイベントが催され、今もピラミッド型に見えるのは子供の作品を繋ぎ合わせて作ってあり、中に入って見ることが出来ます。
右上の写真は今来たディジョイ通りを振り返って撮った写真です、丸いのは噴水です。

市庁舎広場

聖カジミエル教会
さらに進んで撮った写真です、右上は聖カジミエル教会です。

夜明けの門
 (地図上桃色)


夜明けの門

聖母イコン像
もともと9つあったとされる城門のうち、現在唯一残されている「夜明けの門」です。
小さい階段を上がって中に入ると、小さな礼拝所になっていて、ここにある聖母イコンは奇跡を起こすと伝えられ、信者の行列が出来ています。
日本のちょうど門前町のような賑わいで、両側にお店やレストランが立並び、この通を夜明けの門通りと呼びます。

夜明けの門の外側、紋章があります

虫入り琥珀のペンダン

街の要塞として16世紀に建てられた城門で、左上がその外側ですが、門の上に掲げられたリトアニアの紋章(右の図)は、ソ連時代にはここでしか見られなかった貴重なものです。

右上の写真は夜明け前通りのウインドウに飾られている、この地方の名産品の琥珀です。
ただ驚いて写真を撮ったのは、大きなペンダントは虫入りです、この方が値打ちがあるそうです。(気味が悪いです)
琥珀とは樹脂(ヤニ)が地中に埋没し、長い年月により固化した宝石のことです。
もとが流動的な樹脂ですから、周辺に棲んでいた昆虫・動物・植物はじめ水や空気などを包み込んだものがしばしば発見されます。
太古生物の生活環境さらには、当時の地球の様子などを知る手掛かりを与えてくれる極めて学術的価値の高い貴重な化石といえる、そうです。
その琥珀の大半がバルト海南岸、東岸地域で取れるそうです。琥珀美術館もありました。
 レストランにて昼食 (Medininkai)

にんじんのクリームスープ コルドゥーナイ・リトアニア風水餃子
ラズベリーシャーベット 夜明けの門前通りのレストランに入りました


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